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自動車各社の協業による「奇跡の一本松」模型を贈呈

置き換えられた「奇跡の一本松」の模型

3年前、岩手県陸前高田市は東日本大震災によって総人口の約1割の住民を失いました。

いまだに多くの方が仮設住宅で暮らしています。

市内各所で復興が進められています。山並みにはブルドーザーが点在し、行き交うトラックの数は乗用車のそれを上回り、ベルトコンベアは高台に平地を造成する土砂を運び、未来に向けて新しい風景を描いています。

海岸に面した高田松原には7万本の松の木がありましたが、地震による津波に流されてしまい、わずか1本だけが残りました。

希望を与えてきた「奇跡の一本松」も塩害によるダメージが酷く、やがて枯れてしまいました。

しかし、昨年3月この一本松の精巧な複製が作られ、希望と復興の象徴として語り継がれることになりました。

そして、この10分1の金属製の模型は、日本自動車工業会(自工会)に所属するメーカーの社員たちによって造られ、「希望の一本松」と名付けられました。

復興工事は今でも続いています

トヨタ、日産、三菱、マツダ、日野の職人たちは昨年9月に一本松を視察しまし、スケッチとして記録しました。

鉄にプレスや溶接加工を施し、4000個の部品からなる幹や1000本の松葉、そして全20個の松ぼっくりを造りだしました。

その内の7個は周辺にあった被災した車両の金属を再利用しています。

陸前高田市への贈呈式を前に、加工技術を地元の中学生達にデモンストレーションしました。

気仙沼市出身の日産の片桐一平は、日本の自動車メーカーの使命は明白だといいます。

片桐は「まだ見ていただいていない方に足を運んでいただいて、(願いは)現地をしっかり見ていただいて忘れないでほしいということだと思います」と話しました。

鉄で造られた小サイズの模型

ここでは、あらゆることがその記憶につながっています。

式典の参加者は黙祷を捧げ、生徒達は「明日という日が」を合唱しました。

職人のチームから一本松のレプリカを贈呈された陸前高田市の戸羽太市長は、次のように延べました。

戸羽市長は「3年も経っていますのでどんどん忘れられています。そういう意味では今回あらためてこの一本松をいただいたということは、3年経った今いただいたことに意味があると思います。ですから、他の分野の方々にも具体的に「何をしてください」ということはありませんが、まだまだ被災地が大変な状況にあるということを忘れないでほしいと思います」と話しました。

自工会の豊田章男会長は、「希望の一本松」プロジェクトは、自身の所属するトヨタ自動車の社員によって考案されましたが、自動車メーカー14社の協力の結晶で、異文化の垣根を越えてつながる機会だったと説明します。

模型の制作に携わった自工会のメンバーと戸羽太市長

豊田会長は「私どもは自動車産業の力としてここで各社がよりよいクルマを作る、そして部品メーカーを育成する、そしてここで出来たクルマを世界中にお届けすることで復興の力になっていくことこそが自動車産業がやるべきことだと思っています。本当に時間をかけるこごとにみんなの心が一つになってきたことは大変誇りに思いますし、日本の技能の底力のようなものにあらためて自信を持てたと思っています」と話しました。

東北地方の復興が続く中、その匠の技が陸前高田市の希望のシンボルを造り、語り継ぐ役目を担うことになります。

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