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日産の「ニュル・マイスター」GT-R NISMOを語る

独ニュルブルクリンクで量販車世界最速の7:08.679というタイムを記録し、今年2月より発売のNISSAN GT-R NISMO。開発チームにはレーシングドライバーたちと並んで日産で唯一「テクニカル・マイスター」という職位を持つテストドライバー加藤博義がいました。黄綬褒章や厚労省「現代の名工」に表彰された彼は、ニュルでの長年の経験を生かし、プロジェクトやコースの安全管理やレーシングドライバーとエンジニアを繋ぐ橋渡しなど活躍しました。

限界走行時でもコースサイドの撮影班にクラクションを鳴らすなど、人懐こい性格と仕事に対する厳しい姿勢が伺えるインタビュー。ニュルでのGT-R NISMO開発時の未公開映像とともにお楽しみください。

 

加藤博義
テクニカルマイスター

個人的には一言で言うと、僕の人生を変えた場所がニュル(ニュルブルクリンク)ですね。
18歳で会社に入って、28か29歳のときに初めてここに来ました。
それで「こんな世界があるのか」とカルチャーショックを受けて、

 

 

(そのとき)たまたま担当していたクルマがR32のGT-Rで、
そこからずっとR33、R34と10〜12年くらい通わせてもらって、
僕の人生はずっとこういうところで「走れるクルマ」を開発するのに携わった10年=ニュルを走った10年で
いくばくか運転も上手になったのかな、というのとクルマの評価能力みたいなものを全部育ててくれたのがニュルですね。

 

オフィシャルで「ニュルってどういう場所?」というと、ご覧になって分かるように欧州メーカーを筆頭に日本のメーカーなど群雄割拠、悪く言えば呉越同舟なんですけど(笑)、同じフィールドで各々の性能のMAXに近いところで走り回っている — 今日もオペルやフォルクスワーゲンの小さいものからGT-Rやマクラーレンまで — それが同じ場所で走っていて自分たちの造り上げてきたクルマのパフォーマンスを発揮できるという場所としてはここしかないと思ので、そういうテストフィールドとしては世界最高峰だと思うし、そこで一目置かれているGT-Rに携われたのは幸せですね。

開発(ドライバー)として走っていたのはR34(の開発)が終わった2000年くらいまで。
その頃は(ラップタイム)8分を切るなんてとんでもない話だったので、
それが今日僕がR35初めて乗せてもらってペロッと走ったら8分くらいで走っちゃってる。
時代が移り変わってパフォーマンスが上がってるのは凄いなと思う反面、
— 「意のままに(操れる)」という僕らがずっと目指してきたこと(が重要となってくる) —
速く走る=ドライバーが操作する時間が短くなることは間違いないので、
その短い時間の中でも意のままに、自分が思うように「走る」「曲がる」「止まる」ができるようなクルマにできたらいいなと。

「またGT-Rでニュル行くよ」という話がきたときには、「また昔みたいに朝から晩まで走ってタイヤ評価したりサスペンション決めたりして(過ごすのかな)」(と思いました)。あの頃から10年、55歳になっちゃったので「体力続くかな」と思ったら、(アーミン)ハーネさんはいるわ、(ミハエル)クルムさんはいるわ、おまけに(F1のセバスチャン)ブエミも出てきて。
今回は哲ちゃん(田中選手)がずっと走ってくれてるので、今日は撮影のためにレーシングスーツを無理矢理着せられてますけど、こんなのは1時間に1回着ればいい方で。
ただ、速さを求めるならレーシングドライバーの手を借りるのが一番ですが、お買い求めになるお客さまがナンバーを付けて街を走るし、もちろんサーキットも走ってもらいたい。まぁハーネーさんやクルムさんは多少じゃじゃ馬なクルマでも何とかしちゃいますから、そうではなく「じゃじゃ馬だけど扱いやすい」あるいは「なで肩に」するのが僕の責任だと思ってます。僕の性格はさておいて。
そうした「おじいちゃんの知恵」でGT-R NISMOを世界一のクルマにできたらいいなと思います。

 

 

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